[エッセー 1997.12]

小国文男
ぶらりバーめぐり(5)

PLUGGED NICKEL

ジャズマン
PLUGGED NICKELのマスターから
いただいた97年の年賀状から

 僕が行くバーのBGMはジャズが多い。別に選んで行っているわけではないし、僕自身、ジャズが特別好きなわけでもない。むしろミュージックにはうとい方だ。
「PLUGGED NICKEL(プラグドニッケル)」もジャズが流れているバーだ。店の看板にもサックス奏者のシルエットが使われているし、マスター自身がサックスを吹くジャズマンだけあって、店の隅から隅までジャズ空間といったところ。ジャズファンにはたまらない店だろう。
 しかし、僕がこの店に来てホッとするのはこのジャズのせいではない。きっとマスターがスキンヘッドだからではないかと、この頃密かに思っている。
 むろん、意図的にスキンヘッドにするのと、イヤでもスキンヘッドに近づいていくのとでは次元が違うが、マスターの頭を見ているとスキンヘッドってカッコいいやんと思えてくる。
 スキンヘッドが似合うには、頭の形が大きなポイントだろう。どうやらきれいな丸型がいいようで、マスターはまさにこれだ。
 しかし、こればかりはもって生まれたもの、ヘアメイクのように手を加えて形を整えるわけにはいかないのが辛い。
 僕は高校生の頃に一度、五厘刈りにしたことがあった。一分刈りの半分だから、もうほとんどツルツル状態だ(手触りはザラザラだが)。高校は特に頭髪にきびしいわけではなかったが、クラブの試合に負けたことでそうした。これ自身は別に苦痛でも何でもなかった。それどころか、短い頭が気に入って、以後かなりの間、スポーツ刈りや角刈りにしていた。刈ったすぐではなく、それがちょっと伸びかかった頃が好きなのだ。
 だがこのとき、自分の頭の前半分がずいぶん三角であることに気がついた。ハッキリ言ってこれは、丸刈りやスキンヘッドが似合わない。伸びかけが気に入っていたのはそういうわけだが、おのれのスキンヘッドを想像するとちょっと気が滅入ってしまうわけだ。
 ところがこの頃、その三角の部分がずいぶんあらわになってきた。一時、複数の知人から「ハゲにはこれがよい」といくつかの育毛剤なるものを勧められて使ったこともあったが、さっぱり効果が見られず、この頃はすっかりあきらめの境地で、ご無沙汰だ。
 そんな時に出会った「PLUGGED NICKEL」とマスターに、居心地のいい時間をもらったような気になった。自分の三角頭を忘れて、スキンヘッドもカッコいいと思えるのは、精神衛生的に実にいいものだ。
 ここはまた、僕にジントニックの旨さを教えてくれた店でもある。ジントニックは、ドライジンとトニックウォーター、そしてライムを添えたポピュラーなカクテルだ。
 実は僕は、どうもジンが苦手だった。ジンの独特の香りがもうひとつ好きになれなかったからだ。だからマティーニも、ちょっと苦手なカクテルのひとつだったのだ。
 それなのに、はじめて「PLUGGED NICKEL」に行ったとき、自分でなぜジントニックを注文したのか思い出せない。しかし細目のロンググラスに出てきたジントニックは、ジンの香りもあまり気にならず、すっきりとして飲みやすく、旨かった。
 以来、あちこちのバーで飲むとき、ジントニックは僕がいつも頼むメニューのひとつに加わった。そしてジントニックを飲むと、決まってマスターのスキンヘッドを思い出すのだ。

※PLUGGED NICKELは、京都・上賀茂神社の近く、加茂川の西側にあたる西賀茂の住宅街にある。

(記/1997.12)

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