[エッセー 1998.12]

小国文男
シリーズ 編集・組版うら話(3)

余計なことはするな!

 本の題名を聞いて私は最初、童話かと思いました。
 アベマーマ――。
 これが戦争中に旧日本軍の前線基地が置かれた南の島の名前で、現在はキリバス共和国という独立国になっているということなど、この本の仕事に出合うまで全然知りませんでした。
 数年前の仕事ですが、この本は、ずいぶん独特な組版が要求された本として記憶に残っている1冊です。
 まず、やたらとひらがなが多いのです。
「編集長、これずいぶんひらがなが多いですけど、最初の方に合わせて漢字に直していってもいいですか?」
「そやな、頼むわ」
 その方が読みやすいと思い、私はせっせと、最初にでてきた漢字に合わせて表記を統一していきました。
 初校が戻ってきたとき、編集長から電話がありました。
「あれねー、『余計なことするな』って言われたんや」
「あちゃー、じゃ全部元に戻すんですか?」
 聞けば、著者は日本語の表記にこだわりがあるといいます。もともとの日本語は大和ことばで、かなだった。表意文字である漢字が入ってきて本来の日本語がくずれた。だから最小限の漢字以外は表音文字であるかなで表記したい――、と。
 その割には、原稿の冒頭部分はけっこう漢字があったのです。長文の原稿だったので、おそらく書いているうちに変わっていったのでしょう。
 仕方がないから、私はせっせと元に戻しました。もちろん、今度は逆の意味で、漢字をかなに統一する作業も必要になりました。
 2校を出すときに著者宛に、お詫びとともに「私のように勘違いする人もあるかもしれないので、趣旨を書いてまえがきにしてはどうでしょう」という旨の手紙を添えました。その後、直接電話も入れました。ドキドキものでしたが、受話器の向こうの声はそれぼど強いお怒りでもなかったようで、ホッとしたものでした。
 私のこの提案は、結局「はじめに」となって本の冒頭に追加されました。
 もうひとつの特異なことは、書き方、組み方にありました。
 文字は長体にせよという指示です。そして句読点以外に、文節の区切りに半角スペースが開けてあるのです。雰囲気は、さながら小学校低学年の教科書のようです。著者は確か「わかちがき」と呼んでいたようですが、厳密に言えばその区切りは文節単位でもないのです。
 長体にするのは簡単ですが、もともとそのようにデザインされた文字ではないので、どうも不格好で、今でも気になっています。
 半角スペースはやっかいでした。文中には数字や欧文も含みますから、ジャスティファイの影響で半角スペースでも広がってしまうことがありました。こうしたスペースはない方が読みやすいし、それに組みやすい(これが大きい)、と私は思っています。
 しかし、私の考えがどうあれ、第1は作者の意図です。この仕事がきっかけで、以後「余計なことをしない」が私のDTPオペレーティングの基本になっていきました。
 実はこのあたり、人によっていろいろです。なかには指示通りにしたものを「工夫が足らん」と怒る人もいます。中途半端な指示が一番の曲者で、編集者、オペレーター泣かせなのです、はい。

※この作品は、小学習会でのレクチャーを頼まれた折りに作成した小冊子「編集と組版」に収めたものに加筆したものです。

(記/1998.12.10)

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