[ひとりごと(1998.11.8)]

京都はそんなに寒いですか?

 最近、仕事で神戸通いが続いている。ある合唱団の創立35周年記念出版の本の編集のためだ。
 もともとは組版のみの仕事だったが、なりゆき上、本の一部を取材執筆することになった。これがゴーストライターとなるのか名前が出るのかはまだ不明だが、そんなことはどうでもよくて、久しぶりにまとまった原稿を書く仕事を楽しんでいる。

 先日は、その合唱団のコンサートを前にした合宿に、取材でおじゃました。京都のわが家から名神、中国、山陽の各高速道を走り継いで2時間と少し、合宿会場は神戸の北の三木市にあった。
 僕はそこで、合唱団のレッスンというものを初めて見た。ひとつひとつの音について、パートごとに確実に歌えるように指揮者が指摘しながら進んでいく。初めて聞いた時は、いったい何を歌っているのかさっぱりわからなかったが、1時間も見ていると、次第にその歌詞が聞こえるようになってくる。
 細かいようでもパートのひとつひとつの音を確実におさえ、それが一体になった時にひとまわりもふたまわりも大きなひとつの作品に仕上がる様子が手に取るようだ。クリエイティブな仕事というのは、基本は何でも同じだなと感じたものだった。

 取材すべき内容は、その合宿のことではなく、去年のコンサートの取り組みについてだった。もちろんレッスン中は話など聞けない。夜に交流会があるというので、そこに期待することにしていた。
 みなさんよく飲むと聞いていたので、差し入れの一升瓶を用意していた。しかし合宿レッスンなのだから、ちょっと出すのを遠慮していたが、しっかりビールの買い出しの運転手を頼まれた。「うちの合唱団で飲まないことなんてないですよ」という。そこで安心して一升瓶も出すことになった。

 さて交流会。ひとしきり打ち合わせがあって乾杯。参加者がそれぞれひとことずつ話をしたら、全員で2時間もかかっていた。僕の仕事はそれからなのだ。しかしこの時すでに12時近くになっていた。ハッキリいって、僕はもうけっこう出来上がっていた。
 それでも、何人かに話を聞いたようだ。「ようだ」というのは、翌朝になって、聞いた話をすっかり忘れていたのだ。なんということだ。
 しかし、テープを録っていた。これがなかったら、一体何をしに来たのかということになるところだった。で、翌日それを聞く。おお、これまたなんということだ。そこでしゃべっている僕は、まさに酔っぱらいのおっさん以外の何ものでもない。相手はいろいろ話そうとするのに、脱線しているのはまったく僕の方ではないか。「○○さんが、『取材されたけど、ちょっと違うんじゃないかなあ』って言ってたよ」と、合唱団のえらいさんから耳打ちされる始末だ。

 そんなわけで、追加の取材をすることになった。もちろん、団員の顔を見ることができたこと、いろいろはあっても話を聞いたことは無駄ではないと自分をなぐさめつつ、そして飲みながらの取材はダメと言い聞かせつつ、改めて神戸に出かけた。

 その日は、11月に入って急に寒くなってきていた。僕は、春や秋の時に着る服が少ない。以前に勤めていた頃はスーツを来ていたものだが、フリーになってからすっかり太ったおかげで、それらは着れなくなってしまっている。だから、夏はTシャツやポロシャツで過ごし、冬は皮のオーバーで過ごすというのが最近の定着したパターンだ。
 で、今日はどんな格好で出掛けるか。セーターではちょっと寒いようだが、オーバーなんか着たら恥ずかしくないだろうか。女房は「夜は寒いからいいんじゃない」と気楽に言う。それならとオーバーを着て行ったら、少し汗をかいた。さすがにまだ時期が早いようだ。

 今度の取材は順調に進んだ。先日の失敗は、何をどう書くかという点で、少し方向性を示してくれてもいたと感じていたので、まあよかったのだ。新たな発見もあったし、今回は手応え十分という感じだった。
 取材が終わって帰ろうと、オーバーに手を伸ばした時、
「京都はそんなに寒いですか?」
「は?」
 やっぱり京都は底冷えしますからね、と言いかけて、問いの真意に気がついた。
「あ、このオーバー? あはは、やっぱりそう思います?」
 取材はまだ続く。他にないから、たぶんまたそのオーバーを着ていく。次は何を言われるだろう。

(記/1998.11.8)


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