京都は伏見だけでも20を超える酒蔵がある酒どころ。そんな京都府内の地酒を飲みながら、リアルタイムで綴るお酒の話。
おおむね月1更新。飲み手・書き手=小国文男
「純米生モト(きもと・モトは酒偏に元)」は、招徳酒造が初めて挑戦した生モト造りのお酒だという。油長さんで開催された蔵講座で、これをつくった若い女性杜氏の話を聞く機会があった。
モトは、最初に仕込まれる少量のお酒の種のようなもの。酒母とも呼ばれ、1回の仕込み総量のうち約5%ほどだが、3回に分けた仕込み(三段仕込)と相まってこれが次第に広がり、タンクいっぱいのお酒をつくっていく。だから、読んで字のごとく酒の元だ。
現在は10日ほどでできる速醸(そくじょう)モトと呼ばれる手法が主流らしい。
生モトは昔ながらの方法で、タライのような容器に蒸米と麹と水を小分けして入れ、米をすりつぶしながらつくるという。でき上がるまでに約1か月かかるので、お酒全体の完成には2か月ほどかかることになるそうだ。
また、生モトから米をすりつぶす「山卸(やまおろし)」という作業を省略したのが、「山卸廃止」から「山廃(やまはい)」と呼ばれるモトだという。
かつて「生モト」や「山廃」のお酒を飲んだことはある。しかし、それについて詳しい話を聞いたのは初めてだった。
ポイントのひとつは乳酸にあるらしい。乳酸は殺菌の働きがあり、発酵を行う酵母を雑菌から守るのだそうだ。速醸モトではこの乳酸を最初の段階から入れるという。
生モトの場合は乳酸を入れず、自然界にいる乳酸菌の働きを利用するらしい。このため最初の段階では殺菌効果は薄く、そのため井戸水などに含まれる硝酸還元菌の働きで亜硝酸が増えるという。そこに乳酸が増え始めると、この二つの働きにより、雑菌だけでなく野生酵母も激減するのだという。
速醸モトでは最初に乳酸を加えてしまうので硝酸還元菌も死滅し、野生酵母を減らせない。生モトでは、野生酵母がいなくなったところに清酒酵母を加えるので純粋な清酒発酵が得られる、ということらしい。
さて、その手間暇かけたお酒を開栓した。コップに注ぐと、けっこう黄味が強い印象。「純米」だけの表示だが、精米歩合が60%だから実質的には吟醸。最初にくるのは少し芳醇な吟醸香という感じだ。そのなかにかすかながら、このところ気になっている香りがしたように感じた。
講座の帰りに知人が「それは蔵の香りではないか」と言う。なるほど、自然界というのは蔵の中にいる乳酸菌のことだろうし、あり得ない話ではない。またこれは、以前油長のご主人に伺った、熟成によるもの、ということともつながってくる。
講師の女性杜氏は「ヨーグルトのような香り」と言う。僕にはちょっとピンとこなかったが、言われてみれば口の中の残り香が、ヨーグルトっぽいようにも思える。
そんなことをあれこれ考えていたら、あっという間にコップが空いた。いずれにせよ、あまり冷やさない方がややトロリとして旨い。
【データ】
「招徳純米生モト」
醸造元:招徳酒造株式会社
製造年月:2007年4月
原材料名:米・米麹
麹米:京都産五百万石
掛米:京都産日本晴
精米歩合:60%
使用酵母:協会701号
アルコール分:17度
日本酒度:+3
酸度:2.1
アミノ酸度:2.1
上槽日:2006年2月27日