[エッセー 1998.3]

小国文男
ぶらりバーめぐり(6)

ANNIVERSAIR(アニバルセール)

シャンパン シャンパン2
シャンパン「GOUTORBE(グートルベ)」とその栓
(撮影/伏屋俊邦)

 ANNIVERSAIR(アニバルセール)はシャンパン・バー。ちょっとめずらしいスポットだ。白いU字型のカウンターに14席という小さなバーだが、ここで僕は、初めてシャンパンの本当の姿を知ったような気がする。
「シャンパンは泡ですね」
 言われて目の前のシャンパングラスに目を移した僕は、そのまま目が釘付けになってしまった。グラスの底から絶え間なく、そしてテンポよく、無数の泡が立ち昇っている。それがとても美しく、そこにあるだけでオブジェになっているのだ。
 僕はしばらく、飲むのも忘れてそれを見つめ続けていた。
「シャンパンて、こんなにきれいなものだったんですねえ」
「ビールの泡ともまた違うでしょう」
「ずっと昇り続けているじゃないですか」
「消えませんよ」
「ほんとですね……」
 僕はこれまでシャンパンをあまり飲んだことがなく、どちらかといえば乾杯用のお酒というイメージだった。フランスのシャンパーニュ地方でできるスパークリング(発泡)ワインだけをシャンパンと呼ぶ、と知ったのは比較的最近のことだが、それでもワインの一種という程度の理解だった。
「そうそう、年末にドイツのワインをいただいたんですよ。2本のうちの1本がスパークリングワインでしてね。でも僕、知らないもんだから、コルクを縛ってあるワイヤーを無造作にゆるめちゃって……。バシュッ! って大きな音がしたと思ったら、コルクは天井に当たってはるか向こうの床に落ちるし、ボトルの周りはワインびたしでしたよ」
「私も初めての時はそうでしたよ」
 僕の失敗談に、カウンターの中の彼もそう言って笑った。さりげない話のなかでしかし、僕のシャンパン観は確実に変わった。
 シャンパンを美しく注ぐには、よく冷えていることが大事だという。栓は静かに抜く。ボシュ、などと音をさせてはいけない。つまり、できるだけガスを抜かない。これが大きなポイントなのだそうだ。
 それから背の高いシャンパングラスに静かに注ぐ。すると、はじめは炭酸飲料のようだが、表面の白い泡はすぐに消えて、底からの泡の立ち昇りだけになる。これが美しいのだ。
 そしてシャンパンは、飲めばしゃきっとする爽快感がある。ほろ酔い気分で飲むのも心地よい。どうやらセレモニーだけに使うのではもったいないようだ。
 後日のことだが、あるパーティに招かれてホテルに出かけた。シャンパンでの乾杯で、景気よくポンポンと栓が抜かれた。背の低い乾杯用のグラスに注がれたシャンパンは、まったく静かだった。僕は心の中で「もったいない」とつぶやいていた。

※アニバルセールは京都御苑の近く、河原町丸太町と鴨川の中間にあるレストラン「エルゴ・ビバームス」の地階にある。

(記/1998.3)

※現在、シャンパンバーとして営業しているかどうかは未確認。(2004.1.2追記)


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