[エッセー 2003.2]

小国文男

「メソン」というペンション

「この先行き止まり」
 という看板が目の前に現れた。はて、行き過ぎたのだろうか。
 地図は頭に入れてきたつもりだし、近くまで来ていることに間違いはないはず。とりあえず、少し戻って電話を入れ、現在地を告げた。
「そこからまっすぐ進んで、行き止まりの看板も突っ切ってください。その先の……」
 そんな看板があったら行かないよ、普通。ここにこそ案内板を出しておいてほしい。そんな思いを強くしたのが第一印象だった。

メソン

 その日僕が訪ねたのは、滋賀県の湖西、比良山の麓にある「メソン」というペンションだった。着いた時は夕方だったので暗くてわからなかったが、翌日見ると、その一帯はアメリカンスタイルのログハウスだらけ、というちょっと変わったスポットだ。
 もちろん「メソン」もウッディなログスタイルのペンションだ。とりわけ、ほぼ10m×14mという広いメインダイニングがいい。その中央のビュッフェテーブルを囲んでとりあえず、鹿肉の刺身をつまみながらホットワインやビール、そして皆が持ち寄った地酒を飲む。その日の客は我々9人だけだったので、事実上の貸し切り状態なのだ。

 この日は、鳥取からの来客を囲んでの宴席だった。去年の秋、「スーパー地酒列車」なる企画で鳥取を訪ねたが、その時にお世話になったメンバーがやってくるというので、僕もいっしょに歓迎の宴に臨んだという次第だ。
 この「メソン」はもともとアメリカ人女性がオーナーだったらしい。細かな事情は知らないが、それを買ったのが僕の知りあいだった。夫婦して会社を立ち上げ、経営に乗り出した。昨年のことだ。
 そんな事情も聞いていたので、正直なところ、僕としては半分にぎやかしだったのだけれど、一歩足を踏み入れた瞬間から、ファンになったような気がする。

 おかげで僕は、ぼたん鍋を囲みながらすっかり酒に酔ってしまった。一時は寝たが復活し、結局は朝方までマスターと語り明かしていた。翌日は、皆がチェックアウトした後でようやく目覚め、一人だけゆっくりもさせていただいた。
 帰り際、来るときの「行き止まり」の看板を通り過ぎながら思った。ここはやっぱり、知る人ぞ知るスポットでいいのかもしれない。すると、来る人にだけわかればいいのだから、ここに「メソン」の案内板はいらないな、と。

(記/2003.2.11)

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